内容さえ良ければ読まれる、という独りよがり

こんな少ない文字数のブログでも、読み返すと誤字があったり、文章が洗練されてなかったりするもので……もの書きとしてお恥ずかしいことです。

日本語というものは本当にむずかしいものですね。
今日は唐突に思い立って、呼応表現について学び直してみました。

呼応表現というのは、「決して~ない」とか、「はたして〜のか」のような、前後の言葉が決まり文句になっているものですね。
たとえば……

「必ず」「絶対に」などの言葉は、語尾に
「〜だ」「〜である」など、断定の言葉を伴います。

<例> ×「心配するな、君なら絶対に成功するだろう」
    「心配するな、君なら絶対に成功する」

分かっていても誤って使ってしまう。話し言葉だと特にありがちです。
言葉を間違えて使うのは、大人でもよくあることですね。
とはいえ、ライターは開き直ったらダメなところです。誤った表現は、意図的に使う以外では許されませんから、たまの学び直し、意識付けが大事だと思います。

たまに「俺の書くものは面白いから、日本語の間違いなんて細かいことはどうでもいいぜ!」なんてブロガーを見かけますが、それも一理あるとして、やはり文字を人目にさらすのに責任感が伴わないのは許容できないなぁ、と感じます。

本を作るときにありがちなのが、「内容が素晴らしいんだから、みんな喜んで読むはずだ」という思い込みです。
こういう人は自分の書くものに絶対の自信があり、「俺の書きたいものを書くから読め!」という主張が多いように思います。
まず間違いなく、中身が残念なタイプですね。ジャンルがなんであれ、独りよがりというほかないでしょう。

日記や趣味の私小説ならそれもいいでしょうが、商業の文字として発信するなら、筆者が「書きたいもの」ではなく、読者が「読みたいもの」を書かなくてはいけません。

その部分をはき違えてしまうと、大変痛々しいものが出来上がります。

個人的には、文章を書くことには信念が必要だと思っています。
「俺はこれを書きたい、伝えたいんだ」という気持ちは、本を書く上でとても大事なものです。
でもそれが独りよがりなものであってはいけない、とも思います。
読む人のことを考えない押しつけは、誰にとっても気持ちが良くないものですから。

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